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2015年3月25日 (水)

末路哀れは覚悟の前

今日は桂米朝師匠の告別式の日でした。参列することは叶わなかったけど、近くからご冥福をお祈りしました。

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米朝師匠は生前、「芸人というのは末路哀れを覚悟せなあかん」とお弟子さんによくおっしゃっていたそうです。これは米朝師匠の先代の4代目・桂米團治さんから伝承された言葉で、米朝一門に限らず関西の芸人さんなら誰もが知っています。正式には、

「芸人は、米一粒、釘一本もよう作らんくせに、酒が良えの悪いのと言うて、好きな芸をやって一生を送るもんやさかいに、むさぼってはいかん。ねうちは世間が決めてくれる。ただ一生懸命に芸を磨く以外に、世間へのお返しの途はない。また、芸人になった以上、末路哀れは覚悟の前やで」

となります。

米朝師匠ご本人は人間国宝や文化勲章を受賞されるという輝かしい功績を持ち、お亡くなりになった時も大勢のお弟子さんやご家族に囲まれ、告別式にも1500人もの方が弔問に訪れるという、「末路哀れ」とは対極の人生を全うされたわけですが、先代の師匠の言葉の重みを誰よりも理解し、実践し、心から大切になさっていたに違いない。

芸人ではないけれど私も「末路哀れは覚悟の前」という言葉が好きで、その覚悟を心に秘めて「今日の幸せに感謝しよう」「悔いのない一日にしよう」「めげずに明日もがんばろう」と思うようにしています。

死ぬ前に「ああ、楽しい人生だった。よくがんばった」と思えるよう、一日一日を大切に生きたいものです。

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コメント

 「末路哀れは~」。この言葉はよく、上岡さんが米朝師匠の言葉として仰っていたので
覚えました。その上岡さんもご参列のご葬儀。この方なくして、米朝、枝雀、談志…
生で聴けなかったのだなと思うと、まったく心の恩人。いつまでもお元気でいただきた方だとしみじみ。

 米朝師の格言。世間的には非生産な稼業である分、おかげさまの謙虚さに加えて、『士農工商河原者』とまで言われたなかで芸人は、どの身分に属するかという問いに(すべての身分を演じる噺家は)『どれにも属さない』とも。つまりは芸(仕事)へのプライド…(個人的には身分云々より、孤高であれ、という意味も含まれているのではないかと思うのですが)。
 両立なかなか難しいですが、これは永遠の宿題だと思いました。

うぅ〜ん。どうでっしゃろなぁ?
人間国宝は確かに最高の名誉で素晴らしいけれども、
その素晴らしく花々さの裏には、相当な何かがあったんやぁ〜
おまへんやろか!?
末路哀れ・・・ また 違うかも知らへんけどぉ〜
そらぁー えらい しんどかったと 思いまっせ。
米朝師匠、お疲れ様でした。一人の噺家、人間として
ゆっくり休んどくんなはれや。
素晴らしい落語を ぎょうさん おおきにでした。

と 申させて下さいませ。

☆すみのさま

コメントのお返事遅くなりました。

「末路哀れ~」以外にも名言をたくさんお持ちなのですね。
御著書を再度読み直したいと思います。

芸人であり作家、知識人でもあられ、硬軟併せ持ち、
清濁併せ呑むことができるお方だったと思います。

☆ききちゃん

お返事が遅くなり、ごめんなさい。

ききちゃん、いろいろ知ってそう!

ききちゃんの考え、もっとゆっくり訊いてみたいな!

今年もお会いできる日を楽しみにしています♪

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